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詰将棋作家の見た世界
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首猛夫
性別:
男性
職業:
怪しい金融業
趣味:
詰将棋創作 音楽演奏
自己紹介:
昭和31年9月、東京生まれ。
詰将棋作家集団「般若一族」の生き残り。
詰将棋創作以外に、作曲(約100曲くらい)音楽演奏(ベース)。
人間についても、自閉的観点からいろいろ考えている。
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★2008/04/06 (Sun)

日本人は式が大好きだ。

卒業式、入学式、入社式、結婚式、・・・

そして必ずと言っていいほど、大して面白くもない話を延々と話すご仁がいる。
抑揚のない語り口で形だけは整っている。

こういう時は聞いている方の約半数は寝ている。

語っている本人はおそらく事前にいろいろ考えてのことだから、それなりに内容があると思っている。
しかし日本人の《ものがたり》は『うしろ指を指されない』こと『恥ずかしくない』 ことに重点をおいている。
従って無難でありきたりなものになる。

ではなぜ、このような無駄なことをするのだろうか?

それを解く鍵はその詰まらない話し(たいていの場合、祝辞として語られる)は某の高い地位にいる人がすることにある。

つまり欲しいのは内容のある話ではなく、誰が参加したかにある。
参加した招待客(来賓)の社会的地位がが高ければ高いほど、式の社会的な《格》も高いと判断される。

式の中身よりその『品位』『格』などが気になるのだろう。
これは式が社会的な儀式であればあるほど当然のことで、形骸化するのもやむを得ない。
しかし、よく考えてみれば、このようなやり方で日本人は互いの社会的な立場を認め合ってきたのである。
良いか悪いかは別として、自分たちの「世界」の「棲み分け」をそのようにして認識してきたのであろう。従って、日本におけるすべてと言っていいほどほとんどの式は、中身を問題にしない。
もちろん、中身にあれこれ云々する向きもあり事実内容の良さをほめることも多々見受けられる。

しかし真の目的は内容にはない。
あくまで、式はそこに加わった人々に、式によって区分けされる人々の社会的な立場を知らせるためにある。

この頃、密葬と言う葬儀の形が増えているらしい。
それは、社会的な立場を示さずとも、身内だけで故人をしのび、送ろうと言うもので、従前の式とは趣を異にしている。
これは、明らかに個人が社会的なつながりが薄く、関係性を分断されてきたことを示すものではないだろうか。

そういうわたくしも、気がつくとこの半年間で個人的な連絡などを頂いたことは数える回数しかない。
昨年ガンになったこともあって、少しは増えたが、それでも数は少ない。

どうやら、自分の社会的な立場に関心が薄く、もともと確認するのも面倒な、わたくしのような者には相手からもそういったことに関心のない繋がりが求められるようだ。

例えば、詰将棋の作品集などに、xx年xx月xx賞受賞などと、賞などの受賞歴を明示している人がほとんどだが、般若一族のHPにはそういた記述がない。
関心がないのだ。

わたくし自身も、仕事で営業成績抜群と言うことで、数え切れないほどの表彰状やトロフィーを貰ったが、そのほとんどはすぐに捨てた。
中にはホテルでの表彰式が終わってすぐに受賞のトロフィーを帰り道に捨てようとして、すごく怒られた。
こういうものに全く関心がないのである。

そういう意味では、社会的な諸々にかかわっているものの、基本的にはそのかかわりさえも面倒なのかもしれない。


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